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    DJ大塚広子の「神保町JAZZ」
    2012〜15年掲載

ピエール大場の官能小説「路地裏のよろめき」

ピエール大場著者プロフィール
神保町にある某会社の開発本部部長。長野県出身。かつて「神保町の種馬」と異名をとったほどのドン・ファン。女性を誘うときの最初の言葉は、「美味しいもの食べにいきましょう!デザート付きで」
『NISSAN あ、安部礼司』HP

第七十伍話『赤い旋律、ジャズの吐息』

「絶対音感がある感じ? そうですね……説明するのは、
なかなか難しいんですけど……まあ、たとえて言えば、
電車に乗っていて、数人の外国人が隣でめちゃめちゃ話をしているとき、
その国の言語がわからなければ、たいして、気にはならないですよね、
まあ、つまりは、軽いノイズ、ただの雑音で済んでしまう。
でも……もしその言語が、全てわかってしまうと、
会話の内容が一部始終、理解できてしまって、聞き流せない……
入ってきちゃいますよね……そういう感じかな」

ピアニスト原口沙矢架は、つぶらな瞳をキラキラさせながら、
そう、答えた。
彼女は、赤いチキンカレーを、そっとテーブルに、置いた。

涼川小夜子は、昼下がり、
ジャズ喫茶『JAZZ OLYMPUS!』にいた。
14時からのリスニングタイム。
スピーカーから、大音量が響く。
小夜子の体と心に、振動がやってくる。
マイルス・デイヴィスが参加した、
キャノンボール・アダレイの『サムシン・エルス』。
「枯葉」が、初夏の小川町に降臨する。
疼く……昨晩の情事のなごりが、疼く……。
ジャズの魔法。
アナログレコードから再生されるジャズ(音楽)は、
人間の生理に根差した芸術だ。

小夜子は、このところ、無性に荒れていた。
自分を下卑た存在に落としたくて、
好きでもない相手と、寝た。
いや、それは違う。
「自分がここに在ることを繋ぎ止めたくて」
誰でもいいから攻めて欲しかった。
昨晩は、大学生の男子。
初めてだという。全て幼いのに、たったひとつ、指使いだけは、
一流だった……。天性の素質は、神様が与えたまう。

カレーを持ってきてくれた沙矢架に会うたびに、
小夜子は不思議な気持ちになる。
「このひとは、初めてなのに、なぜか懐かしい雰囲気をまとっている」
いつも綺麗な笑顔が、そこにあった。
沙矢架は、北海道、旭川出身。
音大を出て、ピアノやハープの演奏者として活躍している。
映画『蜜蜂と遠雷』では、ピアノ指導だけでなく、
顔写真まで出て、スクリーンデビューを果たしたとか。
最近、このお店を手伝うようになった。
絶対音感の持ち主。
「音楽は、生演奏が全てだと思っていましたが、
このお店で、ジャズを聴いたとき、驚きました。
まるで、目の前で、演奏しているような迫力、
息づかい……すごいです……ぜひ、ここに、
レコードを聴きにきてほしい」

店長の小松誠が、小夜子の傍らに立つ。
いつ会っても、どこまでも渋く、ダンディだ。
小夜子は、彼の話す声と、話す言葉が好きだった。
「赤いチキンカレーを思いついたのは……そう、オーディオの
回路とレシピが似ていることに気が付いたからです」
小松は、音楽と文学でできている。
「たったひとつのパーツが、全体を変えてしまう、
そんな瞬間があるんですよ」

『ひとつが、全体を支配する」。
小夜子の体が、再び、疼く。
昨晩の大学生の中指は、私の全体を支配し、回路を牛耳った。

カレーのスパイスが、小夜子の口の中で赤い旋律を奏でた。

JAZZ OLYMPUS!

JAZZ OLYMPUS!

住 所
神田小川町3-24
URL
お店のTwitter

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とにかく、美味しい!
この赤いチキンカレー。岩手産の鶏肉は
びっくりするくらい柔らかく、
赤いスープにマッチしている。
2011年に「dancyu」の表紙を飾り、
2014年に、「笑っていいとも!」で
林家正蔵師匠が紹介した伝説のカレーが、
満を持して、レトルトとして販売される!
それにしても、小松さんのひとを見る目は
凄い。
多賀麻里子さんもそうだったが、
原口沙矢架さんも、ほんとうに素敵な女性。
彼女に会うために、通いたくなってしまう。